Vol.3
平野邦彦さん(和紙職人/鬼北泉貨紙保存会)

 

 愛媛南部にある鬼北町(きほくちょう)のきれいな川で、楮(こうぞ)を浸している場面に運よく遭遇したのは昨年12月のことでした。それは「楮さらし」という和紙づくりの伝統的な工程のひとつで、和紙の原料となる楮を川に浸すことで不純物などを取り除きさらに太陽光によって白くなる効果があります。

 しかし今日では水質や環境の変化によって川ではなく専用の水槽などで楮を浸す地域も増えているため、こうした光景は希少なものとなりつつあります。これまで埼玉などで和紙づくりを見学したことがあった私も、実際の川で「楮さらし」が行われているのを見たのはこれが初めて。

 昔ながらの手法で和紙がつくられていることを知り、驚きと嬉しさが一気に込み上げました。


四万十水系の広見川で楮を浸す「楮さらし」の様子

 

 「昨日は雨が降りよったけん、水かさが増えて危うく流れるところやったんよ。」
キラキラと輝く川面を眺めながらそう話すのは、和紙職人の平野邦彦さん。

 雄大な山々に囲まれ四万十水系の広見川が流れるこの地域では、古くから泉貨紙(せんかし)と呼ばれる和紙がつくられており、平野さんもその伝統を受け継ぎ和紙づくりに励んでいます。

 

強靭な和紙ができるまで

 泉貨紙は、厚くて丈夫な性質が特徴です。特に、柿渋が塗られたものは撥水性や耐久性に優れた「強靭な和紙」となるため、雨傘や合羽、ボウルなどに加工され、日用品として人々の暮らしを支えてきました。


ザルの上に泉貨紙を張って作られた昔のボウル。重ね張りの補修をしながら使われてきた


 紙なのになぜそんなに強いのかというと、紙漉きの方法に秘密があります。紙漉きに使うのは泉貨紙用に作られた特注の簀桁(※1)。簀桁をつくる職人さんも驚くほど珍しい構造をした道具です。それで紙を漉いたら、直後に2枚を重ね1枚に仕上げていきます。こうすることで1枚で2枚分の強度となるのです。

 しかも1枚の中に二重の構造ができているため、完成した和紙を手で揉んだり擦り合せたりすると内側に空気が含まれ、より重厚な風合いになっていきます。ただ厚く漉くだけではないこのひと手間が、泉貨紙の強さに繋がっているのです。



和紙漉きとの出会い

 平野さんが和紙づくりを始めたのは、今から15年前のこと。たまたま近所の人に「和紙づくりやらんかい?」と誘われたのがきっかけでした。

 もともと広見川沿いの集落では、明治の頃から農閑期の副業として和紙づくりが行われていました。高齢化などが進み需要も減ったことから昭和44年に生産は中止されますが、和紙漉きの伝統を守るべく鬼北泉貨紙保存会が昭和60年頃に発足されます。この保存会が以後30年に渡って活動を続け、泉貨紙を今に伝えています。

 

紙漉きをおこなう平野邦彦さん(工房にて)


 平野さんに声を掛けてくれたのは、後の師匠となる芝 忠良さんでした。当時、平野さんは田舎暮らしを求めて栃木県から鬼北町へ引っ越してきたばかり。せっかくご近所の方が誘ってくれたのだからと農閑期に手伝いを始めますが、最初は軽い気持ちだったといいます。

 しかしその後、芝さんが体調不良で入院したことをきっかけに危機感を抱き、和紙づくりに本腰を入れ始めたのです。


 

古式製法でつくる

 和紙づくりの原料配分や工程をまとめたものを保存会では「レシピ」と呼んでいます。しかしこれらは口伝によって語り継がれているため曖昧なところが多く、時代や品種によっても多少の違いがあります。

 平野さんは、保存会に入った当初からレシピを明確にするための研究を重ねてきました。師匠である芝さんや地域にいる和紙づくりに詳しい先輩たちに話を聞いたり、過去につくられた泉貨紙を見たり、和紙に関する本を読むなどして先人たちの足跡を追いかけてきました。

 謎がひとつ解けると目を輝かせて和紙の話をする平野さん。近くて遠い先人たちに想いを馳せながら、実践の中での研究は今も続いています。

 

楮の塵を手で取り除く、紙漉きの前の大事な作業

 

 保存会が守り続けているのは歴史だけではありません。製作工程も伝統的な手法で行われています。広見川で楮を浸す「楮さらし」をはじめ、不純物を手でひとつひとつ取り除く「塵取り」の作業、木板に張り付けて乾燥させる「天日干し」に至るまで、当時のまま。もちろん原料も100%楮にこだわり、四国産のものを使用しています。

 機械や化学薬品に頼ることなく、自然素材のみを使い古式製法でつくるには手間も時間もかかりますが、こうして作られた純正の和紙は柔らかく優しい風合いにできあがるのです。

 

板に貼って天日干しを行う様子

 

渡されたバトン

 しなやかなリズムが心地よく、ついつい見入ってしまう紙漉きの作業。一見簡単そうに見えますが、ただ漉いているのではありません。厚みを一定に保ちながら漉くことや、漉き舟(※2)の中の原料が減っても同じ状態の紙を漉き続けるなど、素人目には分かりにくい高度な技術が何気ない動作の中で行われています。

 芝さん亡き今、10人で構成される保存会の中で紙漉きができるのは平野さんただ一人。紙漉きについて「まだまだ分からん」と語る平野さんですが、じっと見つめるその先には確かな境地にいた師匠や先人たちの姿があります。

 たまたま移住してきた地で、偶然にも始まった和紙づくり。そして気が付けば、いつの間にか手渡されていたバトンを今はしっかり握りしめ、鬼北泉貨紙保存会4代目会長として新たな歴史をつくり始めています。

 

泉貨紙でつくった一閑張りのカゴバック

 

何もないから始まる

 緑豊かな山々と澄んだ川が流れる自然に恵まれた鬼北町。平野さんは鬼北町の魅力について「ここは何にもないんよ。何にもないのが、いいんだよ。」と親しみを込めて語ります。

 その言葉から「何もない」ことが何かを生み出すきっかけになる、つまりは可能性の塊だということに、改めて気づかされます。

 

※1 簀桁(すげた) … 竹ひご、萱ひごを使って編まれた簀に桁を取り付けた紙漉きの道具のこと。
※2 漉き舟 … 紙漉き用の大きな水槽のこと。

(2015年1月)

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