Vol.2
中村浩二さん(棕櫚箒職人/磨箒工房)

 

 棕櫚箒(しゅろほうき)職人・中村浩二さんの工房は、松山の市街地から車で30分ほどの伊予郡砥部町(いよぐん・とべちょう)のとある山の頂にあります。工房に続く道のりは、登山道のような険しい坂道。鬱蒼とした景色に一瞬不安がよぎるものの、細く長い坂道を登り終えると視界は一気に開けて明るくなり工房へ到着します。

 玄関口で出迎えてくれるのは中村さん手製の看板。その名も「磨箒工房(まほうき・こうぼう)」。まるで立派な秘密基地のような佇まいに、思わずワクワクしてしまいます。

 ふと周囲を見ると、眼下には砥部と松山の街並みが広がっており、その奥にはうっすらと瀬戸内海も。見渡す限りの絶景が標高の高さを物語っています。




狩猟と農家と箒作りと―

 中村さんは箒をつくる以外にも、狩猟や農家など様々な仕事をしています。私が工房を訪れたこの日も、いのししの足跡を見つけたと狩猟仲間から連絡が入り、急きょ山に入ることに。工房の裏手には大きく勇ましい狩猟犬がおり、この狩猟犬と共に5時間から7時間、道なき山道をひたすら歩き続けるのだそう。

 狩猟歴は長く、これまで90キロほどある大きないのししを一発で仕留めたことや、一発の砲弾で2匹のいのししを仕留めたこともあるなど、武勇伝も多い。山の暮らしに馴染みがない海育ちの私はそんな狩猟話を聞く度にただただ唖然としてしまいますが、こうした命がけの狩猟も中村さんにとっては「日常」のこと。いのししの足跡を見つければ、仲間たちと連絡を取り合いすぐさま山に入っていきます。

 

極上の一本をつくるために


 中村さんが棕櫚箒(シュロほうき)を作り始めたのは今からおよそ20年前。きっかけを訪ねると「周りに作る人がおらんかったから」と。その気取らない明快な語り口が、中村さんの人柄を象徴しています。

 そもそも棕櫚箒作りというのは、道具としての構造はもちろん棕櫚の癖や性質、扱い方などが独特なため、そう簡単に修得できるものではありません。

 しかし中村さんは、子どもの頃からものを作ることが好きだったという器用さと物怖じしない向上心、そして山で培った感性を活かしながら試行錯誤を繰り返し、独学で箒作りを体得しました。



 ただ、ひとつだけ修業を積んだ箒があります。それは中村さんが作る箒の中でもひときわ小さく、筆のような形をした「仏壇用みがき掃け箒」。これに限っては、他の棕櫚箒と製作工程が異なるため、九州の箒職人のもとで5年ほど修業をしました。日本でもこれを作れるのは数人しかいないという特別な箒です。

 その特殊さは、棕櫚の皮の中から柔らかくコシのある良質な毛だけを1本1本選別し、それを束ねて作るという工程にあります。良質な毛を見極めるのは経験で培った目だけが頼り。作業には膨大な手間と時間が惜しみなく使われています。

 こうして作られた箒は、棕櫚とは思えないような柔らかくしなやかな至極の一本として完成するのです。




知られざる棕櫚箒の効果

 棕櫚箒は、ヤシ科の常緑樹・棕櫚の皮を使って作られています。その性質は、弾力と耐久性に優れているだけでなく軽くて通気性も良いため、昔は棕櫚を編み込んで防寒具や雨具にしたり、マットやロープとして人々の暮らしを支えてきました。

 今も箒として人々に愛用されているのは、棕櫚に含まれた油分に秘密があります。特に室内掃きに適すると言われているのは、繰り返し掃くことで棕櫚の油分が木部に付き上質な艶を出すからなのです。

 しかも、掃いた時にチリや埃があまり舞い上がらず、埃がみるみる一つにまとまっていくという特性があります。私も初めて棕櫚箒を使った時は、その不思議な特性にかなり驚きました。正直それまでは、箒なんてどれもさほど変わらないだろうと思っていたのですが、素材によってこんなにも機能に違いがでること、優れた機能は掃除を楽しくさせることを、使ってみて初めて知ったのです。




機能を追求すると美しくなる

 棕櫚箒のもうひとつの魅力はやはり美しさ。中村さんが作る箒には、多彩な表情があります。柄の長さ、棕櫚のボリューム、接地面の角度、結び方、紐の色など、細かいところを含めると実に数十種類に及びます。

  では、その違いは何か。中村さんは箒を作る時、先ずどこをどのように掃くための箒かを明確に思い浮かべると言います。広いフローリングを一気に掃いていくのか、物が多い床面を細かく掃くのか、掃く時に一番負荷がかかるのはどの部分かなど、具体的に使い方を想像しながらそれに合わせたフォルムを頭の中でつくり上げ、製作に取り掛かります。まさに機能性を考慮した結果のデザイン。

 そして最終的に「いかに美しく仕上げるか」を意識しながら、丁寧につくり上げていくのです。



 そうしたこだわりは素材にも。棕櫚は最も毛質が良い中国のものを使用しており、柄に使われている黒竹はなんと自らの山で3年から5年かけて育てています。ある程度の大きさになったら採取して乾燥させ、火で炙って節の曲がりを調整。柄として使えるようになるまで手間も時間もかかりますが「作れるものは自分で作る」というのが中村さんの信念。

 山に生き、自然とともに暮らす中村さんだからこそ作れる棕櫚箒。それは掃除道具という役目を超えて、自然とともに生きる尊さを私たちに教えてくれます。

(2014年12月)

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