Vol.1
黒田勉さん、黒田健さん(染色/黒田旗のぼり店)

 

眩しく照りつける太陽ときらびやかに波打つ海、威勢のいい漁師たちと釣り上げた活きのいい魚、これに派手な大漁旗が加われば、もう完璧(!)となる漁業の光景。思わず日本酒を持って駆け寄りたくなってしまうほど。

まるで、舞台の幕が上がる瞬間のような、何かが始まるという期待感に、自然と胸が高鳴ります。この光景を一層華やかに演出しているのは、まさしく「大漁旗」です。


宇和島の漁船(大漁旗は黒田旗のぼり店が手掛けたもの)

 

明治から続く老舗の幟店

愛媛には大漁旗を製作する工房がいくつかあります。宇和島で幟店を営む「黒田旗のぼり店」もそのひとつ。創業は明治37年。現在は4代目を受け継ぐ黒田勉さんと双子で弟の健さんが中心となり、大漁旗や鯉のぼり、神社仏閣の幟や幕などを製作しています。

白漆喰の外壁と蔵造りを思わせる立派な工房は、5年前道路の拡張工事に伴って移転を余儀なくされて建てたもの。1階はギャラリーと畳敷きになったスペースがあり下絵製作や仕上げの縫製などを行っており、2階の広々とした空間では染め付けの作業を行っています。

作業は、勉さんが図案を考え、布に鉛筆などで下絵を描き、それを健さんや職人さんが染料で色付けしていきます。染色ができたら、洗って糊などを落とし乾燥させたものを勉さんの妻 寿美子さんが縫製をして仕上げるという流れで行われています。まさに「阿吽の呼吸」で進められていく一連の工程からは、老舗幟店の風格がひしひしと伝ってきます。


絵に込められた想い

大漁旗は、陸で船を待つ人々に豊漁であることを知らせ水揚げの作業をスムーズに行うための合図として掲げられるもの。船の新造などの祝事に、スポンサー(企業)や親戚・関係者が船主にご祝儀として贈ります。そのため大漁旗には「のし」や「縁起物」がよく描かれており、もちろんスポンサー名が入っていることも。広告としての役割もあるのです。

図案で難しいのは、やはり見栄え。勉さんは「大漁旗いうもんは、離れてみるもんやからそれに写る彩りと構図を考えていかんと」と話します。 最盛期には一艘に30~40枚の大漁旗を掲げることも珍しくなかったのだとか。いかに目立つかということが、大漁旗には求められているのです。


布に下絵を描く黒田勉さん

絵柄や文様は実に様々。鶴、亀、松竹梅、鯛、恵比寿様などの縁起物はもちろん、屋号や家紋、波模様など多くの素材や組み合わせ方がありますが、注文は「おまかせ」が殆ど。というのも、お得意さんが多い業界。発注主や船主の好み、船が釣り上げる魚の種類、これまで製作した旗の傾向など、長い付き合いの中で知り得た情報を考慮しながら状況に応じたオリジナルの図案を考え、1枚1枚作り上げていくのです。

両者の信頼関係があってはじめて成立する「おまかせ」の「フルオーダーメイド」。大漁旗を通じた人と人との繋がりに、ものづくりの本来の在り方を見ることができます。


手で描き、手で染めていく

工程が多い染色の作業は、段取り良くかつスピーディーに行わなければなりません。「頭ん中で、糊を置くところ、染めるところ、色を変えるところ、その段取りをいつも計算しとるけん」そう話す間も手を止めることなく次から次へと作業を進める健さん。


素早い手さばきで染色を行う黒田健さん

もち米と塩でつくった糊は、置いたところが染まらずに白く残っていきます。この糊置きは染色する前の大事な作業ですが、季節や天候によって乾き具合が微妙に異なるため頃合いを見極める必要があります。

また多色使いの場合、色を染めていく順番やタイミングは完成度に大きな影響を及ぼします。いかに良い段取りを考えられるか、経験に裏付けられた作業手順がスムーズな流れをつくり出しているのです。


布の裏側までしっかりと染料を通すための作業

宇和島にはかつて5軒の幟店がありました。時代とともに印刷業が発展し他店が手染めから印刷製法を取り入れていく中、黒田旗のぼり店は一貫して手描きの手法を貫きました。手間も根気もいる作業。しかし先代から受け継いだやり方を、一切曲げることはありませんでした。 そして現在、宇和島にある幟店は黒田旗のぼり店のみとなり、元来の手法を今に伝えているのです。


職人を支える職人の存在

近年よく耳にする、職人を支える職人が少なくなっているという現状。これは職人が使う専用の道具などをつくる職人のことを意味しますが、黒田のぼり店でもそうした現状に直面しています。馬の毛を使った刷毛をつくる日本の職人が減ってきているのだそう。「難しい時代なんよ。刷毛も染料も、手に入りにくくなっとる」



色別に使い分けられ、両端が磨り減っている染色用の刷毛

厳しい情勢は漁業にも。網漁が盛んだった30年前、市内には10軒以上の網屋ありましたが養殖が主流となった今はだいぶ少なくなってきたといいます。1日で何千枚の網を引いていた血気盛んな時代とは漁業のあり方も大きく変わり「随分と寂しくなった」そんな言葉を宇和島で耳にすることも。そうした漁業の低迷と連動するように、大漁旗の需要も最盛期に比べて減っているのが現状です。

それでも海とともに盛栄してきた宇和島にとって、漁業はやっぱり格別な存在。今も、船降ろしやお祭りの日には船を覆い尽くすほど多くの大漁旗が掲げられ、豊漁と安全を祈願します。漁業信仰や風習はしっかりと受け継がれているのです。

移りゆく時代の中で、変わらないことの強さを教えてくれる黒田旗のぼり店。守り続けてきたのは、技術だけではありません。海とともに暮らす中で育まれてきた宇和島の粋な文化や心意気も、製作を通して今に伝えているのです。黒田旗のぼり店が手掛けた幟や大漁旗は、今日も宇和島の空を賑やかに彩っています。


           

黒田旗のぼり店            
〒798-0031 愛媛県宇和島市栄町港2丁目109
TEL 0895-22-1317            

(2014年11月)

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